「占領から独立までの軌跡」展
                       

 昭和館(国の施設、九段)の「占領から独立までの軌跡 1945-1952」展が興味深かった。

 コレラや発疹チフスなど伝染病を媒介するノミ、シラミを駆除するDDTを散布するための噴霧器も展示してあった。昭和21年に2万数千件発生した発疹チフスが翌年には200件余に大幅減少したそうだ。

結核予防のため未就学児にツベルクリン接種無料を呼びかけるポスターもあった。戦後の困難な時期にも日本の衛生観念は優れていたことがわかる。

昭和21年4月、戦後初の衆議院選挙が行われ、女性が初めて参政権を持った。「御婦人方、投票をお忘れなく」と書かれ、赤ちゃんを背負った着物姿の女性が投票券を握りしめているさまが描かれたポスターが展示されていた。この時の選挙では、女性が39人当選(定数466)した。

 GHQによる検閲についての展示。被爆した永井隆博士の著作「長崎の鐘」は昭和21年に出来上がっていた。しかし、GHQが発刊を許さず、24年になり、「マニラ虐殺」という日本軍のマニラでの残虐行為をつづったものとセットで売り出す条件で、やっと許可された。

検閲は個人の手紙にまで及び、手紙を開封後また閉じるために用いられた米国製のセロハンテープが足りなくなり、日本のニチバンに作らせ、これがセロテープの誕生につながったという。

 GHQの司令部が日比谷の第一生命ビルに置かれたことは有名だが、銀座松屋、東京宝塚劇場、聖路加病院など31の接収されたビルの位置が都心の地図に示され、GHQが使用していた時期の名称及び、現在のビル名も掲示してあった。

文部省の体育指導要綱の展示には「軍体式整列や『兵隊ごっこ』を禁じる」「籠球や排球はよい」とあった。

それぞれ「ろうきゅう」「はいきゅう」と読み、バスケットボール及びバレーボールを意味する。しかし、戦前の漢字表記だけでは一般客にわからない。「注釈が必要」と職員に指摘した。

終戦の翌年、全国中等学校優勝野球大会(現、全国高等学校野球選手権大会)が復活(この年は西宮球場)。8月15日(!)に行われた入場行進の写真(米国国立公文書館提供)があった。敗戦からわずか1年で全国大会を復活させるために奔走した先人の苦労を思う。

 農地改革についてのわかりやすい「Q&A」もあった。長らく苦労してきた小作農の人たちは、どれほど喜んだことだろう。農林官僚たちの懸命な働きも評価したい。

 上野駅の地下道に、戦災孤児たちが全国から集まった。その写真と、寒い時期には凍死する子も少なくなかったという記述は、いつ目にしても胸がつまる。

入場無料、9月6日まで。

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