なぜ憲法改正、安倍総理の熱い想い

自民党の憲法改正推進本部の会合に出席した。
「新人のための勉強」が主眼だったが、出席してよかった。すばらしい内容だった。

理由は3つ。

安倍総理が20分にわたって、憲法改正の意義について講演したのが、心に響いた。

野党時代の自民党が57回の会議と、総務会(全員一致を原則とする党の最高意思決定機関)を3回開いて昨年4月28日に完成させた「日本国憲法改正草案」が、わかりやすい文章で中身もよかった。 この日は、日本がサンフランシスコ平和条約発効により独立を回復してから60年の節目の日だ。

そして、主な改正点を条文ごとに解説した磯崎陽輔参議院議員の説明が、簡にして要を得ていた。

安倍総理は「自民党が58年前、結党したとき、戦後10年、日本はまだ貧しいなかで結党の目的は2つあった。

ひとつは、占領時代の仕組みを見直すこと。そのためには保守同士いがみ合わず、力を合わせることが必要で合併した。

2つ目は貧しさから抜け出すために、安定的な経済政策を推進すること。まず、経済政策を優先し、50年たった。貧しさから抜け出す目標は達成された。

占領時代の仕組みの見直しのうち、教育基本法は改正できた。いよいよ憲法となった。」――そこまでは報道陣が入っているなかでの話。

記者が退席してからの講演は、歴史を踏まえ、非常に納得させられる内容だった。

昭和21年2月1日、松本蒸治国務大臣が主宰していた憲法調査委員会の案(甲乙2案あった)の1つを毎日新聞がスクープした。

この内容にマッカーサーが「日本人には新憲法つくりは任せられない」と激怒。4日、ホイットニー民生局長に「2月12日までに憲法草案を作れ」と命じた。

「えっ、1週間ちょっとで?」というわけだが、「私が尊敬するリンカーン大統領の誕生日が2月12日だ。間に合わせるように」とマッカーサー。
(安倍さんはここで、「たしかにリンカーンは立派な人だろうけれど、誕生日に合わせて、ばたばたと…」苦笑した。)

ホイットニーの部下のケーディスを中心に、たまたまGHQに勤務していた25人が、その任に当たることになったが、そこには憲法の専門家も国際法の専門家も、1人もいなかった。

安倍総理の話は、その後、「私(総理)が大学を卒業した1977年」の秋に飛ぶ。実に多様な事件が起きた秋だった。

1977年9月、日本航空機が乗っ取られるダッカ(バングラディッシュ)事件が起きた。日本政府は、「人命は地球より重い」とし、ハイジャック犯人らの要求に従って、身代金を払い、服役中の日本赤軍メンバーらを超法規的に釈放した。
日本は世界から「テロリストに屈した」と非難を浴びた。

翌10月、西ドイツ(当時)は、ルフトハンザ機がハイジャックされた事件で、対テロ特殊部隊をソマリアに送り込み、ハイジャック犯を射殺、乗客を救出した。世界は西独の対応を称賛した。

この2つの対照的事案について、安倍総理は「西ドイツがこれをできたのは、戦後、何回も憲法を改正してきたから」と語った。

日本政府のこの時の対応については「私が総理だったとして、ほかに、乗客の命を救う道があったかと言うと、これしかなかったと思う。自衛隊を送って、人質を救出するということは今の憲法ではできない。そして、日本人救出のために日本の自衛隊や警察が命がけで行動できないのに、他の国の誰かがやってくれるわけはない」と。

ちなみに、第2次世界大戦後、ドイツは58回、フランスは27回、イタリアは15回、米国は6回、憲法を改正している。憲法とは時代の要請に応じて変えるものなのだ。

総理の熱弁は、ハイジャック事件に続き、拉致問題に及んだ。

1977年9月、石川県の久米裕さんが北朝鮮に拉致された。警察は暗号情報を解析するなどして犯人の特定にまでこぎ着けた。ところが、警察当局がびびって、実行犯の1人を釈放してしまい、彼は今なお日本のどこかにいる。

「北朝鮮はびっくりしたわけです。拉致などというひどいことをしているのが世界中にばれて非難される、大変だと心配したら、日本は何もしてこなかった。」

日本国憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」というくだりが障害になったと安倍総理は指摘する。

平和を愛しているとは言いがたい国、公正と信義を持ち合わせていない国もあるのに、日本はこれを前提としてしまっている。
「ユートピア的発想による自衛権の放棄にほかなりません。」(自民党の「日本国憲法改正草案 Q&A」)

久米裕さん拉致の2ヵ月後、1977年11月に横田めぐみさんが拉致された。

久米さんの事件を徹底的に追及していたら、「北朝鮮は横田めぐみさんを拉致しなかったかもしれない。13歳の少女の人生を守ることができたかもしれない」ーー安倍総理は熱を込めて語った。

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