コラム「公募第一号として」、自民党大会で配布

2月10日の自民党大会で配布される機関紙「自由民主」1面のコラム「我思う」欄に広報本部長である私の「公募第一号として」が掲載されている。

都連初の公募に受かり、24年前の今頃、新聞記者を辞めた。東京14区内の知人はわずか3人。「無謀」な挑戦だったかもしれない。

4月の墨田、荒川両区議選で演説デビュー。「応援」弁士の価値ゼロの私を、区議の先輩方が「今回、公募というのが行われて……」と紹介、マイクを持たせてくれた。私の知名度はここが原点だ。大切な統一地方選がまたやってくる。

2度目の選挙で当選。最初のポスター以来の赤い服が変えられず、10年間名札を付け続け、年間100カ所の盆踊りが趣味になった。延べ何万枚のポスターを貼っただろう。政策課題の半分は地元で見つけた。中小・小規模事業対策、住宅密集地の防災対策、スカイツリー誘致のための規制緩和……そして、当選前からの公約だった「舅、姑の介護を続けた嫁」の相続権(民法改正)もやっと実現できた。

4回目の選挙で「みどりちゃんは、うちの町の人間だぞ!」と叫んでくれた町会長がいた。あれほど嬉しかったことはない。当選6回となった今も初心を忘れずにいたい。

 

 

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