ミャンマーびっくりしたこと(ミャンマー視察④完)

敬虔な仏教国で治安がよい、強盗はもちろん、泥棒もいない…と聞いていたミャンマー、その通りなのだが、行ってびっくりしたことがいっぱい。

野良犬街の風景でびっくりしたのが、ガリガリに痩せた野良犬(だいたい同じタイプ)があちこちにいること。道路、お寺の階段、駅構内、フェリー乗り場、工業団地内の道路にも。たいていは寝そべったまま。たまに、歩いていても、ゆっくりと無気力げだ。

野良犬と言えば、私が子どもの頃の日本では、「保健所が野良犬狩りをする(その後、殺処分)現場に居合わせないように」と、ささやき合ったものだが、殺生を許さぬ敬虔な仏教国ミャンマーでは野良犬を処分しない。といっても官公庁が野良犬に予防注射をするわけではない。その結果、野良犬に噛まれて狂犬病で死ぬ人が年間千人を超す。こわい。

「ミャンマーでは100米ドルの新札(折り目なし)でないと両替してもらえない」と事前にアドバイスされ、不思議に思って出かけた。

欧米の経済制裁を受けていた時代に、ミャンマーからのドルを受け入れる銀行がシンガポールにだけあったのだが、当時、まっさらなドル札は制裁対象企業のマネーロンダリングでないことを意味したのが由来とされる。ミャンマーとタイ、ラオス国境付近にはケシを栽培し、麻薬を製造する「魔のトライアングル」と呼ばれる地域があるのだ。

逆に現地駐在員は通貨チャットを受け取る時、皺が入った使い古したお札の方が安心するという。新札チャットは偽造品の恐れがあるからだ。

ミャンマーの人口統計についての驚き。2014年に、政府が国際機関などの支援で約30年ぶりに実施した国勢調査によると、それまで6000万人超とみられていた人口(国際機関などによる推計値)が、5141万だったと判明したのだ。推計の根拠となった出生率や寿命の伸びの見直しが間違っていたようだ。もっとも、国境近くの住民や仏教徒以外の国民が正確に把握できていないのではないかとみる向きもある。

いずれにしても、人口統計が約千万人、率にして二割も違っているとは!これにより1人当たりGDPが大きく跳ね上がり、円借款の金利を上げざるをえないという援助関係者の悩みも生じている。

修行僧列熱心な仏教徒が人口の大半を占める国だが、日本の仏教とはかなり異なる。

死んだら輪廻転生すると考えるので、先祖崇拝はせず、位牌もお墓もない。家の仏壇には仏像をまつっている。昔は土葬が中心だったが、最近では火葬が増え、骨が残らないよう高熱で遺体を焼く。

そのため、ミャンマー在住の日本人が亡くなると、お骨を拾えるよう、早朝、温度があまり上がらないうちに遺体を持ち込むという。

尼僧少年時代に一時期、僧侶となる風習もあり、えんじ色の袈裟を身につけて托鉢に歩く僧侶たちの集団をよく見かける。女性の尼さんはピンクの袈裟姿だ。

こうした修行僧を受け入れている寺院では食事は午前中だけしか許されない。

国民は托鉢僧や恵まれない人にお米やお金を寄進、喜捨することにより、来世で(動物や虫などではなく)また人間に生まれることができるので、喜んで差し出す。受け取る方が頭を下げることはない。

寺院にそびえ立つ仏塔(パゴダ)も仏像も全て金色。まばゆいというか派手というか輝いている。

パゴタヤンゴンの観光名所、シュエダゴォン・パゴダは高さ99メートル、金箔8688枚、塔のてっぺんには76カラットのダイヤモンドがはめられているといわれ、ほかにも多数のダイヤ、ルビー、ヒスイなどがちりばめられている。

電力不足の中、複数の電源を使って、夜通しライトアップされているパゴダは壮観である。

日本人墓地にお参りした。

日本人墓地旧ビルマ戦線に従軍した日本軍33万人中、18万人が死亡。うち13万人が埋葬されていた。日本人墓地には各地の軍隊の墓碑などいくつかのお墓があり、ミャンマー人の2家族がお墓を守ってくれている。

ただ、日本人の感情としては当たり前の遺骨収集について、ミャンマー人の死生観では、「なぜ平穏に土に還っている骨を掘り返すのか」と、心情的に受け入れられない面があるそうだ。

また、竹山道雄の名作「ビルマの竪琴」は同国では不評だそうだ。水島上等兵が変じた僧侶は肩にインコを乗せ、竪琴を奏でるが、ミャンマー人によれば「僧侶と謹厳であり、楽器を演奏したり鳥を飼ったりはしない」という理由からだ。

街中で見かける、小中高校生たちは男女とも皆、白シャツに深緑色のロンジーという制服姿である。生徒だけでなく、校長先生も一般の先生もこの色のロンジー。そして裸足にゴム草履。雨期に大雨につかってもジャブジャブと平気だ。

アウンサン・スーチーさんも、学校の制服も伝統服のロンジーだから、洋服のズボンやスカートはなかなか広まらないだろう。大学生らしき若者がまれにジーンズや膝丈のスカートをはいているのを見かけると「あっ、頑張っておしゃれしている」という感じで目立つ。もっとも、大学生でも、ちゃんと大学に通えるのは医学部とエンジニアやIT関係に進む工学部くらい。

1988年8月8日の大規模デモ以来、学生運動を抑えるために、文科系の大学は閉鎖されたり郊外に移転されたり、通信教育で試験だけだったりの状況が長く続いている。

修行僧食事ビルマはかつて世界一のコメ輸出国だった。日本もコメ不足だった昭和40年代始めまではビルマからコメを買い付けていた。二期作や三毛作が可能だから、コメだけは豊富にあり、若い女性でも一度に二合くらいは平気で食べるそうだ。蒸したような感じのご飯だが、ご飯好きの私は、しっかり、お代わりした。ミャンマーカレーと呼ばれる、こってりしたシチューに近いカレーが一般的だ。

 

もっともお米の反収は日本の八割程度しかないし、今では輸出量も減っている。

牛や水牛が耕作している状態で、機械化が進んでないため、農地がでこぼこであるうえ、一枚の田んぼに何品種もの稲がごっちゃに植えられ、それに野生種まで飛んで来て生育しているのが問題という。日本で言えば、一枚の田んぼにコシヒカリとササニシキ、ひとめぼれ、ゆめぴりかが、ごっちゃに植わっているようなものだ。

日本の農業指導者が5年かけて品種の純粋化に成功したばかりだ。

軍政時代にも農業関係の留学受け入れは続けたため、農林省には東京農大大学院出身の日本語ペラペラの局長もいるそうだ。

多品種のコメをいっぺんに精米機にかけ、小さくなるまでしっかり精米するため、栄養分がなくなってしまう。農村部の乳児死亡率を下げるために妊婦の保健指導を行っている日本人スタッフは「米のとぎ汁を妊婦さんに飲ませるように」と注意して回っているという。

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