印象に残ったお葬式
                       
松島の左が長男日出太さん、右は榮子夫人
松島の左が長男日出太さん、右は榮子夫人

 89歳で天寿を全うした故人の明るい声のナレーションが流れる、印象的なお葬式に参列しました。
 「本日はお見送りありがとうございました。川島一太ゆきます。皆さんさようなら」が、締めくくりの言葉。BGMは川島さんがギター演奏する「川の流れのように」。カセットテープを入れた封筒を、とても元気だった17年前、長男の日出太さん(56)に「いつか、その時に使って」とそっと手渡したという。
 
 荒川区の西尾久四丁目町会長を長く務め、都内初の区民レスキュー隊を結成、隊長として陣頭指揮に立たれました。
 町会内のお年寄りが自宅のどこで生活しているか、例えば昼間は1階の居間のテレビの前、就寝は2階の奥の部屋という具合にすべて調べるという情報重視とともに、リヤカーを改造した手押し車にお年寄りを乗せて逃げる、現実的なやり方の訓練を重ねました。こうした様子が町会のメンバーとともにNHKで紹介されました。震災に弱いとされる下町の町会長ならではの、住宅密集地ならではの創意工夫でした。

 お葬式は家業である印刷会社の一角に祭壇を設け一週間の間、いつお参りをしてもいいというやり方。室内には日出太さんがポスター仕立てに製作した大きな写真が何枚も飾られていました。

 若き日、自衛隊員の仲間とともに撮った写真や登山の山頂に身を投げたスタイルなど映画のシーンのようなものもあれば、ひと回り年下の榮子夫人とスーツ姿でデートの様子、さらに町会長として、尾久八幡神社の大祭の時にお神輿を差配している、比較的最近の写真もありました。

 ナレーションの冒頭は「人生の終末を迎えた私があります。春夏秋冬いずれかはわかりませんが、今日お送りいただいたお一人お一人のお顔を思い浮かべています」。途中で「今私が演奏している曲のように人生の大波小波に身を任せながら〜」と粋な言葉が並んでいました。

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