同期の故北川知克衆議院議員お別れの会

1月24日、初当選同期で年末に亡くなった故北川知克衆議院議員のお別れの会(大阪府・寝屋川市民会館)に参列した。

北川さんは党広報本部の広報戦略局長で、昨年12月21日、自民党の新しいポスターについて、広報本部長室で打ち合わせをしたのが、彼にとって最後の仕事だったと、後で知った。26日、67歳で逝去。がく然とした。

この一年、痩せ続けていく姿に私もつらい気持ちだったが、本人が病気と言わず仕事に励んでいる以上、こちらから触れてはいけないと思ってきた。だから10月に局長続投を頼んだ。

最後に会った日は「マスクをしたままでごめん」と言われたが、さりげなく接することに努めた。別れぎわにも、ただ「28日に安倍総裁の写真撮影だけど、立ち合える?」とだけ尋ねた。「ちょっと無理。よろしく頼む」という返事で、そのまま別れた。

「お別れの会」では、初めて会った時から馴染んできた、ふっくらとした、温厚で優しい笑顔の写真に向かって、心の中で「ごめんなさい、いたわりの言葉を何も言えなくて」と何度も繰り返した。

環境政策一筋の人で、党内の誰よりも環境問題にくわしく、私が昨年10月まで環境委員長を務めた際にも、元環境委員長でもある彼が筆頭理事で、あらゆる面で助けてもらった。特に、プラスチック廃棄物による汚染物を防ぐための「海ごみ法の改正」(議員立法)は、北川さんと公明党の江田康幸衆議院議員が与野党をまとめあげ、委員長案というかたちになり、私が花を持たせてもらった格好だ。

昨年8月末、青森県白神山地と秋田県の風力発電所や八郎潟の水質汚濁について環境委員会として視察に行ったが、これも北川さんのアドバイスを受けたルート作りだった。

お別れの会で映された思い出の写真の中には、私も登場しているのが2枚あった。彼が環境大臣政務官さらに環境副大臣に就任した際、私が同時に外務大臣政務官 、経産副大臣になり、総理を囲んだ写真に一緒に収まっていたのだ。

また、同じ時に党副幹事長を務め、一緒に総務会担当だった。思えば、初当選同期の仲間の中でも、仕事面で特に関わりの多かった人である。

心からご冥福を祈ります。合掌。

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