業平小百周年、王貞治さんも出席

東京スカイツリーに最も近い小学校、墨田区立業平(なりひら)小学校の百周年記念式典が11月23日開かれ、卒業生の王貞治さんも出席、生徒代表3人の質問に答え、後輩たちを激励した。王さんの左手の手形(石造り、大きくて深い!)が学校玄関に設置された。

 

校長先生や古い卒業生のの話を聞くと、百周年とは、大正、昭和、平成の歴史をたどることだった。

大正7年、木造2階建ての校舎に児童2100人で開校。

同12年に関東大震災で全焼。露天授業の後、バラック仮校舎で授業を開始した。

昭和2年に鉄筋コンクリート造の校舎が完成。11年にできた校歌は北原白秋作詞、山田耕作作曲という立派なものだ。「煙  煙  空になびく  都の東」という出だし。大きな工場が増え、それが誇らしかった時代のことである。

昭和20年3月の東京大空襲で、多くの人が業平国民学校(16年に改称)に避難したが焼死。地元の元町会長(88)は、「中学生だった私はあの日、学校に逃げ込んだが、脱出に成功して助かった」と語った。

戦後しばらくは隣の小学校に間借りしての授業だった。しかし、大空襲の際に窓から入った焼夷弾の火で校舎は焼けたが、鉄骨鉄筋は残っていたので、少しずつ直しながら25年、元の校舎で再出発。すごい歴史である。

平成の今、東京オリンピック・パラリンピックを意識した国際教育に力を入れ、国内外のオリンピック出場選手を招いて特別授業を受けたり、在京大使館との交流会を開いたりしている。(この分野では私も協力を申し出た)。校庭で描いた人文字の映像が、リオデジャネイロ・オリンピックの閉会式にも用いられた。

ベートーベンの「歓喜の歌」の二番をドイツ語で合唱する5、6年生たちを見ながら、この子たちがすばらしい未来を築けるよう、私も努力したいと誓った。

 

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