歴史に翻弄された松方コレクション
                       

上野の国立西洋美術館で「松方コレクション」開催中。
松方幸次郎・川崎造船社長が大正期にモネやルノワール、ロダン等西洋美術約3000点を収集したが経営破綻。パリに隠した作品は、第2次大戦後、フランスが敵国資産として接収したが、吉田茂首相が返還交渉に成功、収蔵のため同美術館を創設した。

フランスの建築家ル・コルビジュエの設計で国立西洋美術館が1959年(昭和34年)完成した。それまで日本には国立の西洋美術館はなく、美術学校生は粗末な印刷で洋画を見て学ぶか、巨額の費用をかけて留学していた。
展示作品の素晴らしさもさることながら、数奇な運命を辿った作品群や、日本の西洋画にまつわる歴史が興味深い。

松方幸次郎は明治の元勲、松方正義首相(薩摩出身)の三男。米国で学び、川崎造船所(神戸市)の初代社長に迎えられた。
ヨーロッパを舞台にした第一次世界大戦中、戦場から遠く離れた日本の造船業は莫大な利益を上げた。

松方幸次郎はもともと絵画が好きだったわけではないが、商談でロンドンを訪れた際、海にまつわる絵を見て心惹かれた。
日本に西洋美術館がないことを嘆き、東京に自分で「共楽美術館」を設立しようと、ヨーロッパの絵画、彫刻、版画などの収集に乗り出した。
初期のコレクションには船や海景を主題とする作品が多く、日露戦争を描いたヘミーの海戦画や1921年の皇太子裕仁親王(昭和天皇)の訪欧を記念した海景画などがある。ほかにも出征兵士と家族の別れの場面や、戦没した夫のお墓参りをする妻や子の絵など第一次大戦中の国民の悲しみを描いた絵がある。
さらにモネのパリ郊外・ジヴェルニーのアトリエを訪ねて、「睡蓮」をはじめとする作品を購入。そのほか、イギリス、フランス、ベルギー、イタリアでルノワール、ゴーギャン、ゴッホなどの作品を購入した。浮世絵なども含めるとその数は1万点を超える。1918年にはパリのロダン美術館と契約、「地獄の門」を含め50点を超える彫刻作品を入手して世界有数のコレクションを築いた。
しかし、昭和の金融恐慌のあおりで川崎造船所が経営破綻し、1928年(昭和3年)に松方が社長を辞任したあと、松方コレクションは各地で散逸した。
日本政府が絵画などに「ぜいたく品」としてかけた高い関税を支払えなかったという事情もあった。

ロンドンの倉庫におかれた作品群は火災により900点が焼失。
パリに残ったものは、ナチス・ドイツの侵攻によって破壊されたり略奪されたりすることを恐れ、南仏の農村に隠した。
その後、連合軍のノルマンディー上陸にともなって、隠した作品をパリの画商に預けたり、松方の元部下がフランスで命がけの努力を続けた。

戦後、日本が独立を回復したサンフランシスコ講和会議で、吉田茂首相がフランスのシューマン外相に「松方コレクション」の返還を申し入れた。その後も難しい交渉が続き、コレクションのうち20点はフランスに留置され、375点が日本に引き渡された。
かつて松方が設計図まで作成した美術館が彼の死後、国立美術館として実現したのだ。
私が好きな作家、原田マハさんが近作の「美しき愚かものたちのタブロー」にこの歴史ドラマを描いている。

国立西洋美術館はル・コルビジュエの建築物として2016年に世界遺産に認定された。東京で唯一の世界遺産である。

※画像はすべて国立西洋美術館ウェブサイトより

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