聖火とマラソンの「聖地」をギリシャで訪ねた

3年後の今頃は東京オリンピック真っ最中だ。
近代オリンピック発祥の地、ギリシャを7月に訪問。アテネ市の競技場(2004年のアテネオリンピックで野口みずき選手が金メダルを獲得)や、マラソン競技の起源となったマラトン市を訪ね、プシナキス市長からは「マラソン大使」のメダルを贈られた。

写真①

写真①は野口選手が1位でゴールした競技場で、観覧席は大理石で出来ている。雲1つない39℃の灼熱の太陽が肌を刺すのが痛い。係りの女性(右)から説明を聴く。(写真②)

写真②

聖火は古代オリンピック発祥の地・オリンピアで採火されたのち、ギリシャ各地をまわり、この競技場を最後に2020年春頃、日本に向かう予定という。

写真③

写真③はこの競技場に併設されたオリンピック博物館に置かれた採光器。
写真④も同博物館で。

写真④

マラソン競技は、紀元前490年、ペルシアの大軍の侵攻をギリシャ軍が打ち破った「マラトンの戦い」の勝利をアテネに伝えるため、一人の伝令がおよそ40kmを駆け抜け、アテネに着いて勝利を伝え終えると息を引き取ったという故事に因んで1896年に開かれた近代オリンピック第一回アテネ大会から始まった。

写真⑤

写真⑤は2004年、野口選手が走ったスタート地点でマラトン市内にある。
プシナキス・マラトン市長は、大変個性的な人で、古代都市の世界的ネットワークをつくろうと私に呼びかけた。(写真⑥)
今もマラトン市とアテネ市を結ぶマラソン大会が毎年秋開かれており、日本人同好者の参加が目立つという。

写真⑥

ちなみに、マラソンといえば42.195kmと誰もが知っているが、第1回アテネは約40kmで、第2回パリは40.26km、第3回セントルイスは39.9kmなど最初の頃はバラバラで、正式に42.195kmで行われるようになったのは1924年第8回パリ大会から。マラトン市内のマラソン博物館でこのようなことを知った。
同博物館には野口みずき選手や高橋尚子選手(2000年シドニー大会・金メダル)、有森裕子選手(1996年アトランタ大会・銅メダル)が使用した靴を展示している。

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