斂葬の儀に参列

故・三笠宮崇仁さまの本葬「斂葬の儀」に4日午前、参列した。約580人の参列者のうち衆議院議員は約50人。自民党の枠のうち副幹事長として出席させていただいた。
豊島岡墓地の入り口に着くと、「葬場の儀要領」と書かれた資料を渡され、宮内庁職員に右幄舎(あくしゃ)に案内された。葬場に向かって右側のテントの下で1人ずつ簡単な椅子。私の前の席は太田昭宏元国交相、後ろは竹下亘・自民党国対委員長だった。
もちろん、参列者の写真撮影は禁止。

皇太子殿下、雅子妃殿下を始め皇族方が中央通路を通られて右幄舎前方の席まで進まれたり、三笠宮様をお乗せしたお車や車椅子に乗られた喪主百合子妃の御列が進まれたり、祭詞読み上げや、天皇陛下の勅使(宮内庁長官)、皇后宮使、喪主と皇族方の御拝礼の際などに、起立と着席を繰り返した。

その後、元皇族総代と親族総代が拝礼後、安倍総理を先頭に三権の長、議長経験者や現閣僚が拝礼。私たち国会議員は3人ずつ前に進み、葬場前で深く拝礼した。
その前後、右幄舎最前列に座られた喪主百合子さまと、拝礼後に席に戻られていた(資料によると「復席」という)秋篠宮同妃両殿下に一礼をした。

百歳の長寿を全うされた三笠宮殿下。生前にお会いする機会はなかったが、第二次世界大戦中に陸軍参謀として中国に赴任した際、戦争の実態に触れて厳しく批判されたことや、昭和天皇が終戦の決断をされ陸軍が反対した時に宮様軍人として陸軍中枢を説得されようとしたこと、戦後、日本国憲法制定の議論の中で、天皇の人権に言及されたことなどを、亡くなられた後に知り、尊敬の気持ちを強く持った。昭和に生まれ育ち、社会人となった私にとり、「昭和天皇の末弟」のご葬儀に参列できたことは感慨深い。

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